11月15日号に掲載した、中同協ドイツ・オーストリアの視察の概要の2回目です。エネルギーシフトにおける中小企業の役割について、菊田哲・岩手同友会事務局長が紹介します。
伝統と誇りを後世に伝え続けるために
ドイツを訪れて4日目。私たちは、エネルギーシフトが、持続可能な地域実現の鍵を握ることを感じ始めていました。「数年後、日本の全く違う風景に出会うかもしれません。その鍵を握るのが市民であり中小企業です」フライブルクのフリージャーナリスト、村上敦さんの言葉の余韻を胸に、ミュンヘンに向かいます。車窓に映るのどかな牧草地帯。ふと北海道帯広の風景を思い出します。どこまでも続く緑の大地の中、点々と黄土色と白ぶちのホルスタインが、ゆったりと牧草を食(は)んでいます。
バイエルン州の州都ミュンヘンは、人口130万人のドイツ第3の都市です。市が2025年までに電力需要に100パーセント再生可能エネルギーで供給することを宣言。行政、企業、研究機関などが一致協力し、エネルギーの自給に取り組んでいます。
訪れると「日本からの代表団」の文字が案内板にあり、歓迎ぶりが伺えます。そこで市の担当者から、エコプロフィットの詳細について説明をいただきました。エコプロフィットとは1990年代初頭にオーストリア、グラーツ市が開発した環境マネジメントシステムです。ミュンヘンでの実証を経て、現在ではドイツ全土に広がっています。地域の企業が行政、環境専門機関などと協力して環境経営に取り組み、経費節減による企業利益と共に、社会全体の利益や地域経済の発展にも結びつくように考えていく取り組みです。
今回、エコプロフィットの実践企業として特別に見学を許されたアウグスティナー・ブロイは、14世紀以来続いているミュンヘンでも最も古いビール醸造業者です。石造りの重厚な建物、ブラウマイスターの存在感と洗練されたビールの風味。500年以上続く伝統と誇りを後世に伝え続けるために、環境経営に取り組むという覚悟が伝わってきました。
ドイツ経済の好調に見るEU小企業憲章の浸透
ミュンヘンでの最後は、ドイツ在住ジャーナリストの熊谷徹さんから、EUの中で好調を維持するドイツ経済の実情と中規模企業が果たしている役割について、レクチャーを受けました。ミッテルシュタントと呼ばれる中堅企業(従業員500名以下)が、全体の99・5パーセントを占めるドイツでは、その社員数や自己資本比率が年々増加していること。またその要因として、高品質高付加価値の製品やサービスへの特化や、雇用を守るために人件費が高くとも、国内生産にこだわる姿勢や、政府の中規模企業重視政策などが挙げられました。今回、EU小企業憲章の実践の具体例について、実証を持つ場面はありませんでしたが、ドイツ連邦の持つ社会全体の雰囲気が、憲章の浸透を感じさせるものでした。
現物を目の前にした衝撃
1人横になるのがやっとの寝台列車を離れ迎えたオーストリア、ウイーンの夜明け。朝(あさ)靄(もや)の中に現れた街並みの美しさに見ほれながら移動する時間は、特別なものでした。ドナウ川の河川敷に佇(たたず)むホテルに到着しすぐ、焼きたてパンの香りを楽しむ間もなく、ツヴェンテンドルフに向かい出発します。
78年に完成していたツヴェンテンドルフ原子力発電所の稼動の可否を国民投票で問い、反対が50・47パーセントで過半数を越えたことから、稼働を中止し現在に至っています。ほんの僅かな差でしたが、その後「原子力発電所を建設してはならず、すでにあるものは稼動させてはならない」という、核のないオーストリア法の制定を経て、ウイーンにIAEA(国際原子力機関)の本部を置くまでに至っています。
圧力容器下部の制御棒の挿入口を初めて見たとき、その異様さに目がくぎ付けになりました。幾重にも重なった細い配管と人工的な金属の持つ冷たさ。そして圧力容器を包む5ミリという鉄板の薄さ。「安全」という言葉とは、あまりにも対照的に写るその光景に、「こんなもの、つくってはいけない」。
現物を目の前にした人の多くが、そうつぶやくのではないかと、思います。それは稼働の是非の議論の前に、生命が伝える直感ではないかと感じました。
モニターの並ぶ制御室での記念写真。今回福島から参加された方の1人は、最後まで一緒に写ろうとはしませんでした。私たちが東日本大震災で経験したことを、どんな言葉で後世に伝え続けるのか。あらためて決意したことは、言うまでもありません。
地域内自己完結を実現するギュッシングモデル
最後の訪問地ギュッシング市は、ウイーンから車で2時間ほどのブルゲンランド州、ハンガリーとの国境地帯にあります。人口は4000人。鉄道や高速道路もない農村地帯が広がっています。地域暖房施設などの見学の後、市長が直接ギュッシングモデルへの想いを私たちに語りかけました。
80年代、極端な貧困から大都市に出稼ぎに出る住民が70パーセントを越えました。「農業だけでは生きていけない。地域にある再生可能な資源でエネルギーを生むことが出来れば、地域を救えるはず」と1990年、市議会は全会一致で化石燃料からの脱皮を決断し、市民も呼応しました。地域内資源を原料に自分たちの必要なエネルギーを生み出し地域内循環をさせることで、新たな仕事と雇用をつくり、人口減少に歯止めを掛け続けてきました。
木質バイオマスによる地域暖房の配管は、総延長35キロにも及びます。天然ガスから自動車燃料をつくる技術や牧草、鶏ふんからバイオガスを精製する技術も研究され、今では世界中から視察団が年間2万人も訪れ、大きな経済ファクターにもなっています。
自分たちで生み出し自分たちで消費する。市民自ら価格設定にまで関わるその仕組みは反面、バイオマス原料の高騰から、地域暖房を一時、止めざるを得ない事態も招きました。しかしヴェンセンツ・クノル市長は強調します。
「エネルギーの自給を進めるには、困難を乗り越える大きなエネルギーが私たちに必要です。2014年には化石燃料からの自立を果たしたい。自動車などの移動用燃料についても、2020年までに全て天然ガス化し、全ての化石燃料から全く離れたい。どんなことがあってもギュッシングモデルを進めたい」。
未来を語るその表情はまさに、経営者そのものでした。
中小企業にしかできない挑戦
「エネルギーシフト」。今回のドイツ・オーストリア9日間の視察を印象づける言葉です。単なるエネルギー転換ではなく、私たちの生活の質、豊かさを根本から見つめ直す。そして省エネルギーを進めながら、全エネルギーの地域内での100パーセント自給を目ざすこと。
訪問先で体感した地域づくりには、行政が市民と明確な地域ビジョンを共有し、交通、住宅、地域暖房、産業・雇用政策など地域展望を実現していく、揺るぎない理念、緻密な戦略がありました。そしてそのエネルギーシフトを動かしてきたのは紛れもない、草の根の運動でした。
地域の未来を救えるのは中小企業。私たちにしかできない挑戦をし続ける、その覚悟が問われているように思います。
執筆:岩手同友会事務局長・菊田 哲
「中小企業家しんぶん」 2013年 12月 5日号より