東日本大震災から約半年となる9月9日朝8時、全長8メートルの巨大な風力発電機の本体が10トントラックで釜石小学校に到着しました。朝から空は晴れ渡り、雲一つ無い青空が広がり、真夏を思わせるかのようなじりじりと暑い日ざしが差していました。
釜石小学校は、海に面した国道や商店街から高台に上がった場所にあり、幸い今回の津波でも被害はありませんでした。しかし現在も商店にはがれきが残り、復旧の目処も立たない店舗がほとんどです。その街を見下ろす釜石小学校の桜並木の一角に、希望の灯りとしての、風力発電機が取り付けられることになりました。
この風力発電機は中小企業家同友会全国協議会 地球環境委員会から、釜石市へ贈られたもので、2010年同友エコ受賞企業への副賞として、受賞企業全ての名前が記されたアルミの名盤と共に贈られました。
奇跡的に実現した贈呈
復旧活動で大変な忙しさの中、同友会会員の(株)長谷川建設と(有)小林電設(共に陸前高田市)に依頼し、6人がかりで発電機の組み立てと設置を行いました。初秋とは言え30度を超える炎天下のもと、15時からの贈呈式に間に合わせようと、必死で設計図とドライバーを握りしめ、ユニックとクレーンを使いながら、全身汗まみれになって全力で慣れない作業に奮闘してくださいました。そして平沼委員長もTシャツ一枚で真っ黒になって格闘していました。
長谷川順一社長は「こうしたギリギリの環境下ですぐ工事を、といわれても、沿岸の建設業はどの企業もできないはず。インフラ整備で奔走していて、一日も空けられないのが現状です。でも今日は『釜石の子どもたちのためなら』と社員も言ってくれたので、他の仕事を振り切って来ました。」
長谷川建設ではこの半年で、社員が40名から倍の80名になりました。それでも人手も時間も全く足りません。そんな中で奇跡的に実現した、今回の釜石市への贈呈でした。
贈呈式~希望の光を届けたい~
贈呈式には野田武則釜石市長、釜石市教育委員会、釜石小学校副校長、そして6年生の生徒さん26名が。同友会からは、平沼辰雄地球環境委員長と同友エコ受賞企業の中から㈱未来工業熊本工場 菅原時男工場長、そして7月まで中同協事務局に勤められていた小川緑さん、宮城同友会古積事務局員が。地元岩手同友会からは相談役理事の水戸谷完爾氏(東日本機電開発㈱会長))に参加いただき、校庭に横に寝かされた発電機の脇で、式典を行いました。
始めに挨拶に立った平沼辰雄委員長からは、「今日は皆さんにどうしても希望の光をお届けしたくて、釜石に来ました。このプレートを見てください。『あたらしいみらいへ』という文字が見えますか。これは全国の方々から、未来ある皆さんへのメッセージです」と語りました。
多忙な中駆けつけてくださった釜石市長からは、「この震災では、私たちの生活の中で灯りがいかに大事なものかを実感しました。この度釜石市にも、中小企業家同友会のご厚意で、ここに立派な風力発電機が立ちます。皆さんも電気の有り難さを実感したこの半年だったと思います。今日をきっかけに、より良い安心して暮らすことが出来る街になることを願いたいと思います。」との挨拶をいただきました。
また釜石小学校副校長先生からは、「このソーラーパネル付きの風力発電機は、全国の中小企業の経営者の皆さんの気持ちがこもった贈りものです。この発電機にLEDの街路灯が2機付きます。体育館では剣道やバレーボールの練習で市民の皆さんが夜利用されますが、これまでは真っ暗でした。これからは足元が明るくなります。また、電気を貯めることができますので、緊急時、停電の場合でも非常用の電源として利用することが出来ます。発電量を現すパネルも校舎の見えるところに付きますので、今何キロワット発電しているか見えるようになります。皆さんもここから身近に学習することができるようになります。岩手県内の小学校では初めてのことです。皆さんがこれをきっかけに、自然エネルギーや電気のことに興味を持って、これからの将来に役立つことを期待しています。全国の同友会の皆さんに心から感謝申し上げます」とご挨拶いただきました。
そして平沼委員長から釜石市長に名盤プレートの贈呈を行った後、釜石小学校児童会長から御礼の言葉をいただきました。
「午前中に大きなトラックや重機が校庭に入ってきて、どのような施設が設置されるか、わくわくしながら眺めていました。この施設は全国の中小企業の経営者の方々の援助でつくられていると聞きました。僕たちの街は震災で以前よりも灯りが少なくなってしまいました、でもこの風力と太陽光を使った電灯で、学校の周辺が少しでも明るくなることを、嬉しく思います。クリーンエネルギーだということも、とても魅力的だと思います。この電灯に照らされながら、僕たちも毎日の生活をしっかり頑張っていきたいと思います。本当に有難うございました」と、読み上げられました。
そして最後に岩手同友会 相談役理事水戸谷完爾さんからは、「皆さんは、お爺ちゃんお婆ちゃん、お父さんお母さん、そして私たち全員にとって、希望の光なんです。ぜひ皆さんが、少しでも明るく希望を持てるような環境をつくって、皆さんで力を合わせて釜石の街を元気にしてください。電気の明かり、そしてそれ以上に皆さんの元気な灯りをこの地域に灯すことを願いたいと思います。また今日は皆さんのために、釜石市長さんもおいでいただきました。そして全国の沢山の方々から、この半年間、支援物資、義援金をはじめ、沢山のご支援をいただきました。皆様に心から御礼申し上げたいと思います」と話し、贈呈式を閉会しました。
忘れかけた思い
完成直前の、横に寝たままの発電機を見て「きちんと建ててからの映像が欲しい。なんとかならないか」「できていないなら贈呈式は取りやめるべきだ」との新聞記者の声をよそに、子どもたちは2メートル×30センチの大きなブレード(羽)に触ったり、太い電信柱のようなポールの中をのぞき込んだりと、興味津々、弾けんばかりの笑顔で一杯でした。参加した経営者からは「どうせなら、ネジの一本も子どもたちに締めてもらえばよかったね。かえって未完成で良かった。炎天下で苦労して作っている姿を見てたんだね」。
今日遠足で留守だった1年生から5年生。月曜日の朝、突然校庭に現れた7メートル50センチの発電機を、どんな顔で見上げるのでしょうか。
震災から半年、忘れかけた思い。記者、大人たちから出る言葉は、震災以前に戻りつつあります。津波の大きな被害を受けた3県は、未だ復興への道が見えないままです。現地では、焦りを通り越し、諦めに近い感情を表す人たちも出ています。あれだけ協力しあってきたはずなのに、気持ちに変化が出てきています。
周辺の状況も変わっています。現地を訪問する人たちの、配慮の無い行動や言葉も目立ってきました。あまりの温度差に呆れて言葉も出ないこともあります。心ない風評に深く傷つく姿も、なかなか外からは見えません。恐らく私たちが一生で二度と経験することのないことを、たった半年前に、日本中の誰もが感じたはずなのに。忘れることが最も恐ろしいことだと思います。本当の勝負はこれからです。
「あたらしいみらい」へ
私たちができることは、どんな時も子どもたちが見上げることができる、希望の光を掲げ続けることです。
水戸谷さんが小学6年生、12歳に話した「あなたたちが、この街を、岩手を、再興していく。私たちも、一緒になって、力を合わせていく。あなたたちが、私たちにとって、希望の光なんだよ」。あと何十年もかかる復興への道。私たちが自分たちで自ら切り拓いていく道。贈呈式が終わってから、釜石市への贈呈ではなく、子どもたちへのバトンリレー式だったことに皆が気づきます。「あたらしいみらい」へ。この風力発電機を見る度に、震災から半年、9月11日の今日の日を思い出すでしょう。
10年後、2021年。22歳の彼らがはたらく場所、そして彼らが残りたくなる街をつくることでしか、地域再興の実現はありません。本当に問われるのは、これからです。
(文章:岩手同友会事務局長 菊田 哲氏)