東日本大震災直後、大手運送会社が東北地方への配送を取りやめた中、新潟同友会が切り拓いた日本海ルートで、全国からの多くの支援物資が被災地に届けられました(4月5日号既報)。その後、中同協東日本大震災復興対策本部では、被災地の状況を踏まえ、物資支援から事業再開支援へ今後の重点を移すことになりました。支援物資の中継拠点としての役割を担った新潟同友会・池田事務局長からの報告を紹介します。
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皆様、大変ありがとうございました。同友会のバトンリレーによる日本海ルートは、4月8日をめどに新潟で一部保管するものをのぞき、すべて山形へ送る手配をいたしました。まだ正確にどのくらいの量が新潟に運ばれ、運んだかは確認していませんが、トラックの積載量で200トン近くになっているのではないかと思います。全国各地からの支援物資については、速やかに被災地に届けさせていただきました。
新潟同友会ではおそらく200人以上の会員から、いろいろな形でお手伝いをいただきました。支部ごとに支援物資を集めていただいたり、搬出搬入のお手伝いも頂きました。青年部会は直接被災地へ支援物資を届けました。物資の輸送に関わった(有)新潟ワークステーションの諸橋さんや(株)ヤマサ商事の大滝さん、(株)給材の宮崎さんには、「これこそ中小企業」という柔軟さで対応いただいたことを報告します。
各同友会事務局のみなさまも、支援物資の収集や管理、配送などご尽力いただきましたことに心よりお礼申し上げます。
被災地まで物資を届けていただいた山形同友会・(株)ティスコ運輸の菅原社長はじめ社員さんの熱意や情熱はスゴイの一言につきます。菅原社長は、「どこでも運ぶ」と陣頭指揮をとっていました。「さすが山形青全交の実行委員長!」と感心してしまいました。
山形同友会の伊藤事務局長はじめ、事務局員のみなさまにも大変お世話になりました。安心してバトンを渡す事ができました。
支援物資を被災地に届けた際には、大津波の被害が甚大で、津波によって全てが流され、懐かしい街が一瞬にしてなくなり、破壊されてしまった光景を目の当たりにしました。私たちも茫然と立ち尽くすしかありませんでした。
「どこから手をつければいいのだろう?」
「私達にできることはあるのだろうか?」。
支援物資を届けるということで少し気分が高揚しているわけですが、それが打ちのめされます。車や船がひっくり返り、瓦礫(がれき)が散乱し、荒野が広がる光景に茫然自失、「これは現実なのか?」と疑いたくなります。私たちでさえそう思う中で、そこには確かに地域再生を目指す中小企業家がいました。
現地で同友会の皆さんにお会いした時は、本当に嬉しかった。お互いに抱き合って、生きていることの喜びをかみしめました。
これから長期戦になると思います。新潟同友会では、復興を目指して「むげんのみらいへ ALL JAPAN」のステッカーをつくり、義援金にすることで息の長い支援活動となるよう取り組むことにしました。また操業再開支援やマッチング支援などさまざまな要請に応えていきたいと考えています。ALL Japanでイキマショウ!
新潟同友会 事務局長 池田泰秋
「中小企業家しんぶん」 2011年 4月 15日号より